神戸・北野の異人館街の外れに、しゃれた写真館がありました。数年前に閉鎖され、今は建物だけが化粧直しして、おとぎの国のような煙突がひときわ高く、通りに面して立っています。建物の裏側にドイツ風の木組みのベランダがあり、凝った家で、住人が偲ばれます。
わたしは神戸が好きでときどきスケッチブック片手に出かけます。北野の異人館街の観光客がいっぱいのところは避けて、小路をぶらぶらします。坂道に這いつくばるように立っているかわいい喫茶店に出くわし、おもわず筆が走ったこともありました。
神戸は日本のジャズ発祥の地で、北野には方々にジャズを演奏している店があります。有名なのが、ジャズライブ・レストラン「ソネ」です。解放された部屋がいくつもあり、三々五々好きなところでジャズに耳を傾けています。毎日生演奏していて、昼間でもやっています。ほかにも、ホテルで初老の紳士がトリオを組んでレストランで演奏しているのを聴いたことがあります。本当に神戸の人はジャズを楽しんでいます。
三宮に出ると、阪急西口に「茜屋珈琲店」があります。メニューが全部ひらがなの手書きで読みにくい字で書いてあります。知る人ぞ知る珈琲店です。ブレンドした粗挽きの豆を多めに、濾紙でさっと通すだけの贅沢なコーヒーです。文人や新聞記者も通い、初代店長の追悼文集がなじみのお客さんたちによって発刊されました。軽井沢にも、東京銀座一丁目にも支店があります。今年の6月に軽井沢に行ったとき、初めてなのになにか懐かしい気がしました。店主の話では、いまは家族がみな軽井沢に移住し、本店は軽井沢とのことでした。コーヒーは神戸と同じ入れ方で、カップはウエッジウッドです。カレーライスも食べました。器はロイヤルコペンハーゲン、スプーンも銀製です。
神戸に戻って、元町当たりの大丸周辺、外国人の旧居住区も古い建物がいっぱいです。国の重要文化財に指定されているアメリカ合衆国の旧領事館が、神戸市立博物館の西向にあります。二階にアメリカ風のベランダがあり、そこからメリケン紳士がパイプをくわえて、外国船を眺めている姿が目に浮かび、スケッチしてみたくなる建物です。
少し離れて、六甲アイランドに神戸市立小磯良平記念美術館があります。神戸・御影のアトリエを移築し、小磯良平が絵を描いた様子を再現しています。アトリエの南側は壁だけで窓はなく、北側の高いところに採光のための大きな窓が設えてあります。北からの柔らかな光が部屋にまんべんなく届いています。
偶然にも、小磯の代表作品の一つである「薬用植物画譜」の特別展が開催されていました。「武田薬報」に1956から1968年の12年間の表紙の絵です。当時、わたしの父が園長をしていた武田薬品・京都試験農園から、栽培している薬草の中から見ごろの花を選んで12年間、毎月傷まないように気を付けて京都から神戸御影まで運んでいたことを聞いていましたので、懐かしかったです。武田薬用植物園の迎賓館には今も画譜が陳列してあります。
海外はもう無理、でも日本にはまだまだ行きたいところがいっぱいあります。いつまで行けるか、それが問題、まあゆっくり楽しませてもらいます。 八田一郎